羽生善治三冠を破り、リアル「3月のライオン」と注目されている中学生のプロ棋士、藤井聡太氏は、将棋をはじめた頃からコンピュータ将棋をして育ってきた世代で、これまでにない新時代の幕開けとして「黒船が来た」と例えられています。
実際、プロが対局中にスマホに入っている将棋ソフトでカンニングをしたという疑惑が大問題になるほどに、将棋ソフトがトップ棋士と変わらぬ実力を持つことはある意味認められていて、コンピュータがプロに勝つことも珍しくなくなりましたが、人の指す将棋の面白さは「勝つ」以外のところにもありそうです。
永世名人の資格を持つ森内俊之九段は、将棋を始める子供たちにまず教える挨拶のひとつに、「負けました」という言葉があると言いました。将棋というのは勝敗を決めるのが「審判」ではなく「敗者」という珍しい勝負事なのです。
プロが一年間で負ける数は大体決まっており、どんなに強い棋士も負けの悔しさを味わっているのだそうで、谷川浩司九段も、強い棋士ほど「負けました」ときちんと言うのだと、次のように述べています。
「だんだん年齢が上がってくると、自分の子どものような年の人とも対局することになるので『負けました』を言うのはつらいのですが、これは現役棋士であるかぎりしっかりやらなければいけません。それがはっきりと言えなくなったらやめるしかないというような気持ちではいます。」
負け将棋を指しながら必死に考えてきたという森内氏。そして羽生氏も、うまくいっていない場面をずっと考えているような将棋の研究を続けている自分は、人生の大部分をうまくいっていない状況に身をおいていることになるとも語っていました。
どんな世界でも、強くなるために「負け」を認めていくものなのでしょう。世界的プロ格闘ゲーマーの梅原大吾氏は、昔「勝ち」にいっていた頃は大会が終わると燃え尽きてしまうことがあったとして、次のように述べています。
「ただ勝っても仕方ない。勝つだけで怠惰な自分、情けない自分、ズルい自分が全部チャラになって人生が豊かになるなんてこともありえない。」
ゲームでも人間関係でもなんでも、負けそうになったらリセットできて「勝ち」だけを集めることもできる世の中ですが、「負けました」をきちんと言えるようにならなければ、強い自分も豊かな人生も手に入らないのかもしれません。