今年、受賞歴史上初となる本屋大賞と直木賞のダブル受賞を達成した恩田陸氏が、10年以上前に本屋大賞に選ばれたのは「夜のピクニック」という作品でした。
「夜のピクニック」は、高校時代に恩田氏自身が一昼夜かけて約70キロを踏破するという行事を体験していたからこそ書けた作品だったそうで、「昼間ならば絶対に語れないようなことを語っている」という闇の力の中で、主人公たちの物語が進んでいきます。
昨今、「できる男は朝型」というイメージが出来上がっていて、確かに朝に仕事をすると夜の6倍生産性があがると言われていますが、「声に出して読みたい日本語」などの著作で知られる明治大学文学部教授の齋藤孝氏は、深夜を考えこむような「知」の時間にあてているそうですし、闇の時間は悪いことばかりではなさそうです。
谷崎潤一郎は「陰翳礼讃」の中で、電灯に照らされすぎる暮らしの中で失われていく美について説き、四隅まで照らそうとする多すぎる明かりの中で生きる現代の人に対して、そこに“かげろうもの”が存在するような幻覚を起こさせる「灯に照らされた闇」を見たことがあるのかと問いかけていました。
そういった闇は夜遊びに出かけるネオン街で出会えるものではないでしょうが、20年にわたって夜の山などを歩いてきた中野純氏は、都心から少し足を延ばした夜の山に闇があるといいます。
山の闇歩きを“天狗に会う旅”とも例える中野氏は、真っ暗闇の岩の狭間で子どもの声が聞こえてきたり、あるいは雲の塊のようなものに包まれたりという不思議な現象を体験し、それはすごく楽しいことだとして、次のように述べていました。
「適度に幻覚・錯覚を体験するのは、適度にディズニーランドに行くようなもので、精神衛生上、たいへんよろしいと思う。」
「夜のピクニック」では、「闇の中を歩いているせいだろうか。夢でも見ているように、生々しく過去の記憶が蘇ってくる」というセリフがありますし、闇の中に入ると現代人には現実離れしたように感じる感覚が呼び戻されるものなのでしょう。
早起き早寝の朝型生活をたまには休んで終電で闇歩きに出かけてみると、目に見える三文の得はなくても、眠っていた能力がひそかに目を覚ますのかもしれません。