東日本大震災のあった年の7月、ある被災者の言葉が読売新聞の編集手帳に次のように掲載されていました。
「海を恨む気持ちはあるが恩恵も受けてきた。バカヤローと叫んだら、これで終わりにする。」
明治から昭和の時代、親子や夫婦、そして男同士の間などで「バカヤロー」は喧嘩文句にも親愛の表現にも使われ、日本のほめ言葉・けなし言葉を本にした長野伸江氏は、そうして感情が積み上げられてきた「バカヤロー」だからこそ、被災者のうまく表現できない気持ちを伝える言葉になると述べています。
実際、「こういうことは今の時代、もう言わないだろ」と思うような言葉ほど、多くの人の心に根ざしているものなのかもしれません。
つくりだす独特な世界観が「岩井ワールド」と呼ばれる岩井俊二監督は、「夕日に向かってバカヤロー」などのクサイことは、みんなの話の共通項となっているほどの存在なのに「クサイから良くない」と言われてしまうけれど、そこで「なぜクサイと言わずに納得できた時代があったのか」と考えてみると、ほかの人が気づいていないものを見つけることができるといいます。
代表作「Love letter」では、クライマックスに主人公が「お元気ですか」と叫ぶシーンがありますが、それは監督自身が「あ、絶対ありえない」と思って一度は捨てたクサいセリフだっだとして、次のように語りました。
「クサイって、裏を返すとどっか前の段階で誰かが感動してたりすることでもあったりして、それはバカにならないんですよ。」
実際、映画が公開されると「Love letter」は日本で数々の賞を受賞しただけではなく、台湾で115万人、韓国で140万人を動員し、捨てられるところだった「お元気ですか」は海外でも通じる言葉となっています。
死後18年たってからも、オリコンの「最も衝撃を与えた伝説と呼べるロックアーティスト」で1位に選ばれていた尾崎豊は、歴史の中に常にあり続けていなければならないもの、たとえば「愛」や「平和」など、もはや古びた感じのする言葉になっているとしても、「それを深く理解していくことっていうのが人間の絶対するべきことだと思う」と述べていました。
私たちがなんとなく気恥ずかしくて「古くさい」「嘘くさい」といって言えないことほど、捨てては生きていけない感情が込められているのかもしれません。