“お茶を買う”というとき、茶葉を買うのではなくて、ペットボトルを買うという方が一般化しつつあり、お茶はどんどん手軽な存在になっています。
けれど日本茶はもともと庶民の手が届くようなものではありませんでした。現代の価値で置き換えると江戸時代、今では100g、500〜1000円程度で売られている煎茶が2000円や3000円もする高価なものであり、しかも最も下級武士の年収がおよそ200万円ですから、お茶を毎日飲むのなんて到底無理だったのです。
日本よりも先に庶民の間に日本茶が広まったのはアメリカで、輸出が始まった明治時代、わずか30年で生産量は100倍増加したものの90パーセント以上が外国向けだったという年もあり、アメリカでは工場労働者や農家もお茶を飲むようになっていったそうです。
結局お茶が日本の庶民の飲み物となったのは、空気に触れても品質が劣化しにくい上に一年中安定して収穫できる紅茶の方のが日本茶よりも有利になって、海外で日本茶が売れなくなってからでした。
当時高度成長期を迎えていた日本の社会では、“何もしなくてもモノが売れる”という状態でお茶は大量に消費され、サービスエリアや旅館など行く先々で無料で提供されるまでになりましたが、東京で日本茶の専門店を10年以上営んできたフランス人のステファン・ダントンさんは次のように言います。
「フランスでは、丹精込めて作られたワインを無料で提供する店はないし、 水でさえ各地の名産品として正当な対価を支払って飲むものだという常識があるから、無料の日本茶がおいしくない理由はよくわかる。良質なものを作るには、それに見合ったコストがかかる。残念ながら、無料のものや安価なものにおいしさは期待できない。」
それは安い茶葉を使うというだけではなく、お湯を注ぐだけという単調なお茶のあり方にもつながって、水出しや煮出し、あるいはミルクティーやフレーバーティーなど、お茶を味わうための楽しみを忘れることでもあるのです。
日本茶に恋しているというスウェーデン人のブレケル・オスカルさんも、ワインと日本茶を比べると、ワインは誰が注いでも基本的には同じ味なのに、日本茶の場合はその淹れ方がとても重要で、それが日本茶のポテンシャルなのだ言いました。
実際、朝一番は熱いお湯で淹れた苦めのお茶、運動の後にはまろやかな甘さの水出しのお茶、疲れた時にはミルクを淹れて煮出したほうじ茶、というようにお茶は単なる水分補給以上の役割を果たしてくれます。
千利休も、美味しいお茶を淹れる心得として「茶は服の良きように点て(たて)」と言い、飲む人にちょうど良いお茶を淹れることを大事にしていたそうです。
ペットボトルの決まった味のお茶よりも、自分の気分に合わせて淹れたお茶の方が、心身の疲れを和らげてくれることは間違いないでしょう。