「日本人の食事は常に清潔にして且つ美をつくせり」とは、室町時代末期に渡来したヨーロッパ人が日本人の食生活を見て、その感想を書き残した言葉です。
伝統的な日本料理には他国では見られない特徴がいくつもあり、例えば「昆布でだしをとる」ように、食材の自然の風味を楽しむことがあります。
そもそも英語では海藻を“seaweed(海の雑草)”と表現しますし、他国の人たちにとって海藻はただの雑草であり、食べ物として捉えることがありません。
もうひとつ、日本には音がなくては味が半減してしまう食べものが多いことも特徴としてあげられ、麺類はズルズルと音を立てて食べますし、漬け物の「はりはり漬け」という名前は咀嚼する時の音が由来となっていて、外国の料理は、味・色彩・匂いで料理を味わいますが、日本では音も味わいと認識されているのです。
ところが、最近では雑誌やインターネットで自分がこれから食べるものの下調べをすることが当たり前のように行われていて、色彩、匂いや音を感じずとも、食べる前から「おいしい」と判断できてしまう奇妙な現象が起きています。
“おいしいことを知っているから食べる”ことが習慣化した私たちは、五感をあまり必要とすることがなく、どんどん鈍ってきているように感じてなりません。
中国を代表する高級食材の上海蟹は日本でも人気で、特に、陽澄湖という湖で採れたものが最高級とされていますが、この最高級の蟹を求めてわざわざ中国へ赴く日本人に対し、中国の業者は陽澄湖産以外の蟹にも「陽澄湖産」の印であるタグを付けて観光客に売りさばいていると言います。
残念ながら、“情報”で味わう日本人に本物と偽物の味の違いは分かりませんから、偽物であっても本物と思い込んで喜んで食べている人が少なくないようです。
これは明らかに食品偽装に当たるものの、中国の業者は「タグ付きが美味しく感じるのであれば“つけてあげれば”いいじゃないか」という感覚でしかなく、むしろ、食品偽装を助長しているのは、情報でモノを味わう私たちなのかもしれません。
もちろん食品偽装自体許せないことですが、音まで味わうとされる私たち日本人が簡単に食品偽装に巻き込まれてしまうのは何とも情けなく、五感をなおざりにしてきた罰なのではないでしょうか。
食事は自分の五感を情報源に味わいたいものです。