ハーバード大学経営大学院において、昨年秋からMBAの必修科目に採用されることが決まったのはJR東日本テクノハートTESSEI(通称:テッセイ)という会社のストーリーです。
平均年齢52歳のこの会社のスタッフがメインでおこなう仕事は、新幹線車内や駅構内の「掃除」で、わずか7分という停車時間に一人1車両を担当し、一心に仕事をする清掃スタッフの動きは、手際のよさに加えて、礼に始まり礼に終わるパフォーマンスの美しさもあり、“最強のチーム”とも“お掃除の天使”とも呼ばれるようになりました。
けれど掃除という仕事について、この会社で働くある女性は、30歳になる娘に「お母さん、そんな仕事しかないの?」と聞かれ、中堅商社に勤めていた夫には「親類にバレないようにしてくれ」と言われたことがあったそうです。
羽田空港を数回に渡り「世界一清潔な空港」へと導いた、清掃スタッフのリーダー新津春子さんも、「清掃員はまるで召し使いか透明人間。そんなふうに扱う人は少なくありません」と言い、次のように述べました。
「その人個人を責めても仕方がない。そういう環境で育った人だと思うから。たとえば、『勉強をしないと掃除夫にしかなれませんよ』というような親に育てられた子どもは、清掃の仕事は尊敬しなくていいと思うようになってしまうでしょう?」
多くの人が掃除の仕事の意義についてよく考えずに大人になってしまうのでしょう。
年商900億円を超える自動車用品販売会社、イエローハットの創業者 鍵山秀三郎さんは、素手で会社のトイレを掃除し続けてきましたが、「掃除なんかしても無駄。もっと売上げを上げて、儲けることが大事」という考え方が多勢だった中にいて、40年以上の間、「虚しさ」「はかなさ」といった感情と闘い続けてきたそうです。
けれど「掃除しかできない社長」と陰口をたたいていた社員も20年を経過したころ手伝ってくれるようになり、30年がたったころには外部から視察にくる人まで出てきて、今では日本全国に「掃除に学ぶ会」ができて地域の学校や公園のトイレを掃除するまでになっています。鍵山社長はこれまでを振り返り、次のように掃除の効用を語りました。
「トイレ掃除をして傲慢になったという話は聞いたことがありません。トイレ掃除を続けていると、例外なく謙虚な人間になります。謙虚な生き方をして何よりもうれしいのは、後味のいい人生が送れるようになるということです。」
鍵山社長は、「ゴミを拾っていて感じることは、ゴミを捨てる人は捨てる一方」とも言います。自分が後味のいい生き方ができているかどうかは、掃除の仕事に対する見方ひとつで、答えが出てしまうものなのかもしれません。

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