Good Life Journal

日常生活における「疑問?」を「確信!」へ

感情で動く「感動」という言葉はあるが、理屈で動く「理動」という言葉はない。

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「コミュ障」(コミュニケーション障害)という言葉はここ数年で一気に認知度を上げており、最近ではプロフィールにあらかじめ「自分、コミュ障なんで!」という前置きがOKな、人見知り専用の婚活サイトまで生まれています。

人と話すたびに、「失言してしまったのではないか」「的外れなこたえをしなかったか」と思い出しては悶絶する、というパターンに陥っている人々にとって、言葉というのは、口に出さない方が身のためであり、離れている方が安全だというような存在なのかもしれません。

今年7月に発売された「芋虫少女とコミュ障男子」という漫画は、美人で人気者の完璧な女子がコミュ障の男子に告白するところからストーリーが展開するのですが、その漫画の中に、主人公のコミュ障男子が語った次のような言葉がありました。

大袈裟だけど俺にとって人と真っ向から接するのは、毎回寿命を削ってるような感覚だった。

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↑延々と会話を巻き戻して自分の発言にダメ出しをするよりは、いっそ言葉を発しないで生きたい

自ら「コミュ障ですから」と先手を打てる時代になりながらも、若者たちは周囲から「あいつ、コミュ障だな」と思われることを本気で恐れているところがあるようです。

平原綾香の「Jupiter」などを手がけた作詞家の吉元由美さんが、大学生たちに「あなたにとって、言葉とは何?」と質問したところ、コミュニケーションの手段という客観的な回答のほかに、「…怖いもの。苦手なもの」という答えもありました。

そして、怖いと答えた学生はそう感じる理由を、「伝えたいことが伝わらない。うまく、気持ちを言葉にできない。どんな言葉を使って伝えたらいいのか、わからなくなります」と語ったそうです。

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↑言葉は怖いもの。友達も恋愛も表面的でゆるい方がいい

現代の若者が言葉から離れていく一方で、横浜の寿町というドヤ街では、日雇い労働者などが利用しているシャワーや洗濯のできる施設「寿生活館」の会議室が、金曜日の夜になると「寿識字学校」に変わり、読み書きを学びに来る人たちが作文をつくっていました。

出席した全ての人が文章を書き、みんなの前で自分で読み上げることになっていて、読み書きを学んでいた梅沢さんという男性も、亡くなったお母さんを思い出して作文をつくることになると、5日をかけて20枚もの作文を完成させます。

その内容は辛くあたったことなどをお母さんに謝り続けるもので、涙声で読んでいた梅沢さんは、17枚目、お母さんが亡くなって「おかさんと大きなこえでおもいきりなきました」の文章に差し掛かると、大きく息を吸い込んで机から身を乗り出し、部屋が割れんばかりの声で「おっかさーん」と叫んだそうです。

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↑心の動くままに文字にする。棒読みなんてできない

梅沢さんと向き合って授業をしていた大沢敏朗さんは、作文の他の部分では「母」「おふくろ」「おかあさん」と書かれているのに、この部分だけが「おかさん」になっていたため、梅沢さんに読み方を聞いてみようかと思っていたそうです。

想像を超える梅沢さんの「おかさん」を聞いて胸がドキドキするほど驚いた大沢さんは、「どう読むのか聞かなくてよかった。聞いていたら破り捨てられていたかもしれない」と安堵しました。そして自分の受けた教育は、「おかさん」という言葉は無いからと、『あ』を入れて「おかあさん」と言い変えさせるような、書いた人の気持ちを考えずに座り具合のいい文章をつくらせるものだったとして、次のように語ります。

その人の生きてきた歴史や、その人が大切にあたためてきたかけがえのないたからものを無惨に踏みにじって、踏みにじったことを自覚もせず、素知らぬ顔をしていることができるのが、ぼくのうけた学校教育であった。
この時から大沢さんは、表現の固有さこそがその人の歴史であり、文化であると考え、「文字や文章をきちんと教えないとダメだ」という周囲の声を無視して、生徒たちの字や文章に手を入れることは一切やめることにしたそうです。

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↑「日本の識字率99パーセント」は思い込み。先進国の10人に1人が読み書きを満足にできない
「日本の識字率は99パーセント」などと言われ、日本には日本語の読み書きができない人はいないとする暗黙の了解があります。

しかしながら実際のところ、それを裏付けるデータはなく、障害を持つ人・外国人・不登校児などを調査対象から抜かすなどした問題のある調査にもとづいて、研究者が誤解し、それが広まった“神話”にすぎないのだそうです。

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↑識字率99パーセントが前提の社会には文字が溢れかえる

1955年に文部省が15〜24歳の2000人を対象に行った調査では、読み書き能力がなく、日常生活に支障がある人の割合が関東でも9.5パーセント、つまり約1割の人が読み書きができないことがわかりました。この60年以上も前に行われた調査が最も新しいものであり、ここ数十年の識字率の実態を知るカギはありません。

海外に目を移してみると、約10年前の時点で、フランスでフランスの学校を卒業した18〜65歳のうち、9パーセントに当たる310万人が読み書きができずにいますし、カナダ、アメリカ、オーストラリア、そしてイギリスでも、だいたい10人に1人の大人が普段の生活の中で読み書きの問題をかかえているそうです。

そして世界中では、7億8000万人という数の人たちが15歳を超えても読み書きができない、あるいは、読み書きをしないでいることがわかっています。

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↑10人に1人、読み書きが満足にできず困っているというのが先進国の標準

日本の中にも、“文字をもつ文化”と“文字をもたない文化”があります。

例えば、文字を持たない文化に暮らすアイヌの人たちがいますが、彼らが初対面の人に出会ったときに交わす挨拶の言葉「イ、ラン、カラプティー」には、「あなたの心に、そっとふれさせていただきます」という意味があるのだそうです。

一般的に学校で学ぶ言葉は教科書にある他人の言葉ですが、文字を学習しなかった人たちや、もともと文字をもたないアイヌの人たちの言葉は、間違いなく自分の心がともなうものであり、相手の心に触れずに言葉を使うことはできないということなのかもしれません。

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↑感動とは感じて動くと書く。人間は理屈では動かない
ロシア語通訳として、ゴルバチョフやエリツィンなど多くの要人と関わってきた米原万里さんは、「学校言語というのは自分の言いたくないことを無理やり語らせている言語システム」と言い、日本の官僚や企業のトップが使う言葉も、感情を通さない表面だけの言葉だから心に残らないと述べました。

そして、“そういうとき用”の言うべき決まり文句をお手軽に当てはめるという方法で出てくる言葉は、心と頭を経て生まれていないから相手の心と頭に届かないのだとして、次のように語ります。

「もやもやしたものが言葉を得て発した時はすごくうれしい。そうして発せられた言葉は、心と頭にしみていくんですよ。ところがその経過を経ない言葉は、しみ通っていかないの。」

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↑感情のフィルターを通さない発言は、感情には入っていかない。音声としては聞こえていても、聞いた先から忘れてしまう

「つまづいたっていいじゃないか にんげんだもの」などで知られる相田みつをさんの言葉は、ポストカードや日めくりカレンダーになって、家に置くだけで励まされるといいますが、実はその言葉は誰かのためにつくられたのではなく、相田さんが自分に向けて書いたものなのだそうです。

あるとき相田さんは、感情で動く「感動」のように、理屈で動くという意味の「理動」という言葉はあるだろうかと調べたところ、どんな辞書にも見つからず、人間は理屈じゃ動かないから「理動」という言葉はないのだと確信しました。

そして、「感動とは感じて動くと書くんだなあ」という一つの作品を残しています。

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↑理屈で人は動かない。人は感情を通してしか動けない

相田みつをさんの言葉が「人生のリセットボタンのようだ」と言われるのに対し、学校言語というのはある意味、自分の心や頭に頼ることをやめさせ、誰か他人の考え方を知らず知らずに植えつけて人を乗っ取る、ウイルスソフトのようなものなのかもしれません。

「英語だけの外国語教育は失敗する-複言語主義のすすめ」という本には、植民地を持っている国は、植民地に自国の言葉の教育を義務化するけれども書き言葉は教えないのだそうで、それは、読み書きができるようになると民衆をコントロールすることができなくなるからなのだ、という話があります。

日に何トンにもなるユダヤ人犠牲者の遺灰が家畜への肥料や道路の舗装材料に使われるなど、底なしのおぞましさが今も語られるアウシュビッツ強制収容所で生き延びて作家になったプリーモ・レーヴィは、ナチズムを支えたのは、学校でゆがんだ教育をされ、ナチズムの狂信主義に従順に従ってしまった人たちなのだと言いました。

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↑子供達が収容されていたアウシュビッツのバラックでは、一人の女の子が死に物狂いで8冊の本を守り、生き延びた

プリーモ・レーヴィは科学者だったそうですが、戦後は書くことによって自分の人間性を取り戻そうと、「アウシュヴィッツは終わらないーあるイタリア人生存者の考察」などの著作を残しています。

学校で文字から言葉を学んだ人が「言葉が見つからない」という一方で、大人になってから文字を手に入れた人は、どんどんものが言えるようになるのかもしれません。

寿町の識字学校では、「おれの人生をぜんぶ書く」と言って作文を書き続けた人がおり、また、福岡の識字教室のある女性は識字教室外の人から「どんな先生に講師に来てもらっていますか」と聞かれると、「来る先生はだれでもええ。先生を変えるのは私たちです」と言いました。

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↑あなたの言葉以外にあなたを形成するものはない。

前出の識字学校の大沢さんによると、識字学校に新しい識字学習者が入ると、そのまるごとの人間に全員が深く出会うことになり、全体の学びの大きさが確実に一人分は太っていくのだそうです。

それは、個人の歴史や文化がつくりだす言葉こそが教材だということなのかもしれません。

ロシア語、チェコ語、ウクライナ語などなど、次々と言語を学び続けてきた言語学者の黒田龍之介さんは、「人は表面に出ないものを、いっぱい抱え込んでいるはず」と言い、詩人で比較文学者の菅啓次朗(すがけいじろう)さんが言った次のような言葉を、著書「ポケットに外国語を」の中で紹介していました。

人の心がことばでできている以上、生身の人間にもかならずその背後にはあるまとまったアーカイヴがある、(中略)それには、文字に頼る以外の接近の仕方はない。

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↑あなたの言葉はあなたというアーカイヴをつくる

絵本「この本をかくして」では、戦争で図書館が爆破された村で、逃げる準備をしていた父親が、自分が借りていたことで無事だった1冊の本を鉄の箱に隠しながら次のように言いました。

ぼくらにつながる、むかしの人たちの話がここにかいてある。おばあさんのおばあさんのこと、おじいさんのおじいさんのまえのことまでわかるんだ。ぼくらがどこからきたか、それは金や銀より、もちろん宝石よりもだいじだ。
人を従わせようとする時、文字の詰まったものは真っ先に消されるほど力のあるものです。今の社会でその力を奪うのは検閲などの取り締まりだけではなく、意図せずとも結果的に個人の言葉を踏みにじってしまう学校教育も同じなのかもしれません。

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↑ナチスもイスラム国も占領地の書店や図書館から本を奪って燃やした

言葉を「コミュニケーションの道具」という世の中ですが、相手に差し出す言葉をつくっていては、いつになっても自分の言葉に規制をかけて全てのものに距離をおくばかりで、誰の心にも届かずに理解されないでいる辛さから逃れられないのではないでしょうか。

相田みつをさんは「自分をかっこよくみせようという気持を捨てること」を一生の座右の銘としていたそうです。

自分の感情をおもいきり込めた言葉を発することは、格好悪くて恥をかいて生きることなのかもしれません。けれどそれによって、いつのまにか飼いならされて無くしてしまった、自分のアーカイヴという宝がつくり出されていくのです。

芋虫少女とコミュ障男子 (ジーンピクシブシリーズ)

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