Good Life Journal

日常生活における「疑問?」を「確信!」へ

ピカソ「音楽と違って絵に奇跡的な才能はない」椅子を描くときは、椅子ではなく、その周りの空間を描け。

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今の社会では、博士課程を修了しているような、高度な知識や技術を身につけた人に絵を描かせてみても、小学生が描くような子供っぽいものになるばかりで、絵が描けない大人が驚くほど多いのだそうです。

実際、「ちょっと絵を描いてみよう」と思っても、人間はマッチ棒のようになるし、犬も猫もほとんど同じようにしか描けなくて、自分は絵の能力の低い「描画障害」なのだとでも結論づけたくなってしまいます。

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↑絵の才能はそんなに希少なのかと思うほど、絵が描けない大人は多い

私たちの絵のレベルが小学生で止まってしまうのは、10歳までに左脳が圧倒的に優位に働くようになり、私たちは何かを見ると脳内で素早く名称やシンボルなどの「型」にはめて編集し、ありのままにものを見ることをしなくなるからなのだそうです。

たとえば「顔を描く」という場合、司令が脳に届くと、左脳によって「はい、目ですね。あなたがいつも使っている目のシンボルはこれです。それに鼻ですね。はい、こうすれば鼻ができますよ」と、ものの名前に紐づいたシンボルが引き出されていきます。

こうして作られる顔は、何度でも繰り返し描き出すことができる「型」なのですから、10歳の自分が描いたのとまったく同じ絵を、大人になっても描いてしまうのは無理もありません。

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↑「型」にはまったものの見方をし、生の情報は無視される

ピカソがかつて「音楽の場合とは逆に、絵画にあっては奇跡的な子供というものは存在しない」と語ったように、絵が描けないのは脳の編集機能のせいなのであり、“才能”は絵を描くことに大きな役割を持っていないようです。

事実、美術の時間なんてなかったであろう3万年前の人たちは、洞窟の壁に赤や黒などの色彩に濃淡で陰影までつけたダイナミックな絵を残していますし、歴史を振り返ってみても、ホモ・サピエンスの過ごしてきた5万年という長い時間の中で、字を使っている期間は10パーセントですが、絵については少なくとも60パーセント以上の間、描き続けられてきました。

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↑絵は字よりも6倍も長い間、ヒトが続けてきた営み

エジプトの文字もくさび形文字も、そして漢字も起源は絵文字ですし、絵は常に字よりも先にあるのですから、読み書きができるのに絵を描くことはできないというのは本来あり得ないことなのでしょう。

幼児も字の前に絵を描くことを覚えるのが自然なのですが、昨今では、絵を描く力が育つ前から、大人の描く型にはまった絵や文字を教えられてしまうことが少なくありません。

実際、4歳くらいの子どもが描く「芋ほりの絵」は、ヒゲも泥もついていない同じサイズの芋が行儀よく並んだ、現実とは似ても似つかない絵になっていたり、絵の中に「おいも」という文字が出てきてしまうようになっているのだそうです。

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↑「何を描いているかわからない」ようにして線をつくっていくと絵は自然とできあがる

著書「脳の右側で描け」の中で、子どものような絵を描いていた大人がたった5日間のワークショップで素晴らしい絵を描けるようになることを示したカルフォルニア州立大学教授のベティ・エドワーズさんは、「左脳ではできない、あるいは左脳がやりたがらない」ことをすることが、私たちが絵を描けるようになる秘訣だと言います。

もともと高校の美術の教師をしていたエドワーズさんは、ちょっとした思いつきで、ピカソの絵を逆さまにしてスケッチするという方法で生徒に絵を描かせてみたところ、生徒たちの絵が素晴らしい出来栄えになったことに驚きました。

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↑描くものが逆さまになっただけで、格段にいい出来栄えになる

そこで、「ふつうには描けなかったのが、逆さにしたらどうして描けるようになったの?」と聞いてみると、返ってきた生徒たちの答えは、「逆さにすると、何を描いているかわからないんです」というものだったのです。

わかっているモノは描けなくて、わからないモノが描けるということを体験したエドワーズさんは、ノーベル賞を受賞した大脳生理学者 ロジャー・W・スペリー氏の左右の脳に関する研究を貪り読んで研究し、私たちの通常の脳のモードが別のモードに切り替われば、誰でも絵が描けるようになるというアイデアを実証していきました。

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↑何を描いているかわからないおかげで、絵が描けるようになった

普段私たちの思考を支配的にコントロールしている左脳は、よほど時間がかかるとか、細かすぎる、あるいは左脳では不可能だということでない限り、右脳に仕事を譲ろうとしないのだそうです。

ですから椅子を描くというときにも、「椅子を描く」としてしまうと左脳モードから抜け出せなくなってしまうので、「椅子を描かない」ようにして、椅子の周りの「空間を描く」ことにします。

すると、左脳は描くものの型がわからないためにお手上げ状態になり、右脳モードで描かれていき、結果的に描かれた空間によって浮かび上がった椅子の形は、本当に自分が描いたのかと疑いたくなるほどリアリスティックに出来上がるのです。

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↑椅子を描くときは、椅子ではなく、その周りの空間を描く

効率的・論理的に片付けたがり、時間の浪費が嫌いな左脳に「こんな訳のわからない仕事はご免だ」と言わせて右脳モードになると、右脳には時間の感覚がないため、“完成”という概念からも解放されるといいます。

ピカソは絵の完成にこだわらず、大切なのは線が一本一本が生まれる過程なのだと言っていたそうですが、線を一本一本生み出すということも、左脳にとって「よくわからない、やりたくない」部類に入るのです。

それは実際、手のひらを軽く握って皺がよる状態にして、その皺の線すべてを描いてみるとよくわかります。

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↑「完了すること、終えること、しかしまた殺すこと、とどめを刺すこと」ピカソ

このとき「手のひらを描く」という左脳モードにはまってしまうことを避けなければいけないので、後ろの人と話すような感じで、手のひらと視線を後ろ向きにするなどして紙から目を逸らしておくことが重要です。

そして、どんなに描いている線を見たいという衝動に駆られても、紙を見ながら描いてはいけません。

5分も経った頃には、気が遠くなるほどの緻密さに左脳は「無理!」と棄権し、紙には右脳で生みだした線が複雑に絡み合う、およそ「手のひら」だとは想像つかないものが出来上がっていますが、その絵は生き生きとした不思議な美しさを感じさせるのです。

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↑皺の上をなぞるような気持ちで、一本一本線をつくってみよう

漫画家の井上雄彦さんも、線に対するこだわりを「僕は、きれいな線を描きたいという欲求はまったくなくて、何だろう、やっぱり『生きてるように存在させたい』ということでしょうね。それしかないと思います」と語りました。

美大に行っていたわけではなく、漫画も大学に入ってから描き始めたようなものだと言う井上さんが「SLAM DUNK」を描き始めたのは23歳のときのことです。

それほどの短期間で多くの人の心を動かす漫画をつくり出すことができたのは、「生きているような」線を一本一本生み出していたからなのかもしれません。

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↑宮崎駿も葛飾北斎も、見たとおりに紙に写しているだけ。必要なのは技術よりもまず「見る」ということ

私たちが得る情報の8〜9割は目から入ってきている情報だと言いますし、見たものを過去の情報で編集して暮らしていれば、結局毎日は過去の経験の繰り返しで、退屈な人生になってしまうのではないでしょうか。

逆に、過去の型にはまらない方法で絵を描いている人は、リアルなものの面白さにどんどん近づいていくのは間違いなさそうです。

販売数が1億5千万冊を突破している絵本「ピーターラビット」の作者 ビアトリクス・ポターは、ピーターラビットは絵がものすごく写実的だから売れたのだと言い、多くの絵描きは自分と違って絵の専門教育を受けているけれど「人の心を打つ作品を描くには、まず実物を念入りに観察する必要があるということがわかっていないみたいね」と語りました。

幼い頃の思い出として、飼っていたブタが死んだ後に熱湯に入れ、ロウソク立ての底のとがった部分でブタの顔の皮をはがしたエピソードを語ったことがあるほど、ポターはいつも現実の姿をとらえることに夢中だったのだそうです。

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↑リアルな絵を描くことは、現実を面白く感じることにつながっている

江戸時代の浮世絵師 葛飾北斎の「富嶽三十六景」にある「神奈川沖浪裏」と題された、爪を立てておそいかかっってくるような波の絵が、ハイスピードカメラで撮影された波の写真とそっくりだとして話題になったことがあります。

北斎の絵が現実の面白さを正確に伝えていることは明らかですが、北斎自身は晩年、6歳の頃からものを写生してきて80年以上、毎日筆を執ってきたというのに「実に猫一匹すら描くことができない」といって涙しました。

アメリカの写真誌「LIFE」で、ミレニアムを迎えるにあたって行われたアンケート調査の結果、この千年間で世界に大きな業績を残した人物100人の中に、唯一の日本人として北斎が選ばれたのも、型にはまった見方をしている現代人が圧倒的に多いことを反映しているかのようです。

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↑「百何十歳では、描くもの一点一格が生きているようになるだろう」葛飾北斎

「裸の大将」の山下清のように、美術館や美術学校という型にはまらず、美術教育とは無縁でいた人たちが作り出すアートは、“アウトサイダー・アート”(部外者の芸術)、あるいは“アール・ブリュット”(生の芸術)と呼ばれています。

この分野において知られている、田中一村という奄美の自然を描いた画家は、「石にも顔がある」と語り、真夏の日差しの中でも道端に20分も30分も立ちつくし、アザミやナンバンギセルなどの野の草花に見とれ、そこから立ち去るときには一礼するのが常だったのだそうです。

一村の死後に初めての展覧会が実現すると、人口5万の奄美の街は一村ブームに沸き、NHK教育テレビの「日曜美術館」の「美と風土」シリーズで全国に紹介された際には、視聴者から大きな反響が起こりアンコール放送もされました。

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↑自然を見つめる一村の毎日は、感動と探求心に溢れていた

スタジオジブリの鈴木プロデューサーは、「となりのトトロ」がヒットしたのは昭和の原風景だとか自然への回帰だとかいう理屈ではなくて、「トトロのお腹がふわふわしてて、なんだか触るとへこんだりして気持ち良さそうだったから」と言い切り、宮崎駿監督が脳に気持ちのいい形を正確に描ける理由を次のように説明しています。

宮さんは、おそらく目が見たとおりをそのまま描いているだけだと思います。つまり脳が認識して、受け取った情報のまま、紙に写しているので、それが結果的に脳が理解しやすい形になるというのが宮崎駿の秘密だと思います。

「読み書き計算」の左脳のシステムに偏った教育を受けている私たちは、見たものを過去のデータと照らし合わせて特徴を分析するのに慣れきっていますが、見たとおりを認識する見方に出会ったとき、脳が感じる心地よさを思い出すのです。

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↑宮崎駿監督のヒットの秘訣は、目が見たとおりをそのまま描くこと

前出のエドワーズ教授の教え子たちは絵が描けるようになると、「これほど見るべきものがたくさんあり、美しいものがたくさんあるとは、いままで気がつかなかった」といった感想を述べることがよくあるといいますし、絵は誰もに通じる原始的な心地よさをもたらしてくれるものなのでしょう。

「描くこと」は「喋ること」よりも前に自由にできていた可能性があるのだそうで、神経内科を専門とする東京女子医大名誉教授の岩田誠さんは、私たちは「ホモ・ピクトル」(描くヒト)と呼ばれてしかるべきではないかと述べていました。

10歳の頃のままのお絵かきをやめて、私たちが「描くヒト」に還ったとき、退屈だったはずの世界は、ときめくような別の顔を見せてくれるようになるでしょう。

脳の右側で描け

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  • 作者: ベティエドワーズ,Betty Edwards,北村孝一
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  • 発売日: 2002/02
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語るピカソ

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新装版 子どもの絵の見方、育て方

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ピカソ思考

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