Good Life Journal

日常生活における「疑問?」を「確信!」へ

お墓参りをした後に、お墓参りをしなければよかったと言う人は絶対いない。

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映画「おくりびと」の中で印象的なのは、笹野高史さん演じる火葬場のおじさんが大人の恋愛のような、独特の距離感の関係にあった銭湯のおばさんの遺体に「ありがとうな、また会おうの」と語りかけるシーンです。

死別を「また会いましょうね」という気持ちで表す火葬場のおじさんの姿からは、たとえ死んでも生者と死者の間には人間関係が永遠に続き、火葬場のおじさんにとって銭湯のおばさんの死は死体ではなく愛する人そのものなのだという事が伝わってきます。

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↑愛する人の死体はなかなか死体にならず、いつまでも愛する人そのものである

このような死者を丁寧に看とって送り出すという死への尊厳は今の日本社会からは薄れてきており、近年首都圏では葬儀を行わず火葬だけで済ませてしまうなど葬儀の簡素化が進みはじめています。

また、火葬した後はお墓に埋葬するのが通常ですが、2015年には東京都練馬区のスーパーや長野県松本市の商業施設のトイレで、焼かれた骨がお墓に埋葬されず遺棄されるという悪質な行為が発見されました。

電車の網棚に忘れ物を装って骨壺を放置する人もおり、今では遺骨は警察に届けられる忘れ物の定番で、千葉県警や埼玉県警では落し物に遺骨の分類を作ったほどです。

故意に人目につく場所に遺骨を置いて去るというのは、お墓を用意するのは金銭的に避けたいけれど、遺骨を手元に置いておくのは嫌だから、誰か代わりに遺骨を拾って供養してくださいという身勝手な思惑が感じられ、そこには自分の幸せだけを追求した社会の行く末が暗示されているのではないでしょうか。

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↑今や自分の幸せのためには大切な人が死んだ後も残ることができる場所さえ邪魔になる

世界の様々な国では死んだ人を弔うために奇妙なことをするもので、ローマの骸骨寺であるサンタ・マリア・デッラ・コンチェツィオーネ・デイ・カプチーニ教会では天井や壁の飾りやシャンデリアなど、室内の装飾がすべて人骨で作られています。

また、七百年続いたウィーンのハプスブルク家では故人の遺体から臓器を取り出し、心臓、心臓以外の臓器、そして残りの遺体というふうに遺体を三箇所に分けて埋葬する儀礼が行われ、これは最後の皇太子が亡くなった現代の2011年にも行われました。

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↑昔から人は死を崇高な存在として祀ることで過去や未来へ想いを巡らせていたのではないだろうか

このように欧州ではお墓に遺体がそのまま埋葬され、また暮石には故人の写真が入っているなど、骸骨や遺体が現実社会に生々しく存在していますが、日本では写真の入った暮石を見かけることはなく埋葬の99.99パーセントが火葬で、遺体を燃やすというのは世界的にみても異例なことなのだそうです。

日本でこれだけ火葬が普及したのには死者を悼む気持ちが強くあるため、身体を燃やすことで故人を現実社会から切り離し、人間とは違う崇高な存在としたのだと思います。

そして魂だけでも故人と繋がっていられるようお墓に遺骨を埋葬し故人の魂の依りどころとしたのでしょうが、そんなお墓でさえも用意するのが億劫とされる今の日本は、世界で一番命に対する尊厳が低い国になっているのです。

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↑火葬した後の遺骨がお墓に眠れず迷子になる今の日本にこれからの超高齢社会を受け入れる心の余裕はあるのだろうか

今日の日本では死者や魂や霊といったものはオカルトだと疎ましく思われがちです。

しかし、日々の生活の中で「こっちの方にいくと良くないことが起こりそう」「この人とはウマが合わない」といった人間の五感では捉えられない何かを感じることは誰もが経験しています。

例えば室町時代には人間が作った道具の中にまで霊魂を見出して、道具の妖怪を描いた「付喪神絵詞」が作られるなど、日本人の感性には人知を超えた得体の知れない何かが昔から根ざしているのではないでしょうか。

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↑「この人と一緒にいると居心地が悪い」確かに存在する人間同士の関係には目に見えない何かがある

どんな人間が一番最後に生き残るかをコンピュータでシミュレーションしてみたところ、力の強い人や競争に勝ち抜く人ではなく、譲り合うことでお互いに助け合いながら集団で生活する人が最後まで生き残るという答えが出ています。

縄文人は世界に先駆けて村を作って家族や村人と一緒に共同体の中で暮らし始めました。

青森県の三内丸山遺跡が証明するように、少なくとも縄文時代からお墓参りの伝統があったことを踏まえると、霊性や信仰心は村人一人の生死が村の存亡に関わる時代に生きる日本人にとって必要不可欠な感覚で、そのような独特の感覚を発達させた人間だけが生き延びて私たちの祖先になったのであれば、霊的感覚は現代日本人のDNAにも受け継がれているはずです。

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↑現代人とは五感では捉えられない危険を察知する霊的感覚がもっとも発達した生き物

日本人は「おかげさまで」という言葉を特にお世話になっていない相手に対しても使いますが、何に対しても感謝の念を抱くのは、キリスト教のような明確な絶対神が存在しない代わりに、宇宙のあらゆる森羅万象には神や仏が宿っていると考え、それらを崇拝し祈りを捧げて与えられる自然の恵に感謝の念を抱いていたからで、日本人は目に見えない何かにつながるために祈り続けた民だったと考えられます。

この非科学的な祈りという行為は科学的な医療の分野で実際に効果を出しており、1988年にサンフランシスコ総合病院の集中治療室に入室した393名の患者を、通常の治療に加えて院外から回復の祈りを受けるグループと通常の治療のみを受けるグループに分けて、祈りの効果を測る調査が行われました。

その結果、祈りを受けたグループの方が祈りを受けなかったグループに比べて明らかに症状が回復していることがわかったのです。

名医と言われる医師は手術の前に祈ることがあり、世界的に有名な脳神経外科医の福島隆医師が「難しい手術の時には神様に祈る、そうすると信じられないことも起こる」と述べているように、祈りこそが副作用の出ない最高の良薬で、祈りの対象である目に見えないものの存在を忘れてはいけません。

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↑「祈りは副作用のない最高の良薬」非常に強い思いは医学や科学の力を超越した奇跡を起こす

目に見えないものの存在は対局に位置する科学の世界でも感じられており、2002年にノーベル化学賞を受賞した田中耕一さんは、自身の大発見の経緯が間違えてグリセリンの液体をコバルトの微粉末に落としてうっかり混ぜてしまったことにあり、「まったくの偶然で、まさに瓢箪から駒」と述懐しています。

この人間の力ではコントロールできない運や偶然といったものは、幸運を期待すると味方につけることができるのだそうです。

お墓参りをした後はお墓参りをしなければよかったというような後悔や恨みといった感情はなく、不思議とお墓参りをきちんとしているから先祖が必ずいい方向に導いてくれると思うことができ、お墓という存在は人に幸運をもたらすパワースポットのような場所なのでしょう。

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↑お墓参りをしてお墓参りをしなければよかったという後悔は絶対に生まれない

運を上げるにはお墓参りが大事だとして、永世棋聖の称号を持ち紫綬褒章を受賞した亡き将棋棋士の米長邦雄さんは弟子である伊藤能がプロに昇段するための最後の三段リーグに臨むにあたり、理屈を超えた勝負哲学として次のような言葉を投げかけました。

「お墓参りというと、お線香と花を持っていって、手を合わせるという人が多いけれど、そんなことはしなくともいい。(中略)だから親父さんの墓参りといっても、線香をあげる必要もないし、拝む必要もない。」

「ただブラッと行って話をしてくればいい。それを毎回やってみてくれ。雨が降っても、風が吹いても月2回の対局日の前後の墓参り、それだけは欠かさずやってくれ。そうすれば必ず上がれるはずだ。」

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↑お墓参りで大事なのは、お線香をあげたりお花を飾ることではなく、ただひたすら先祖と対話すること

現在、副総理で財務大臣金融担当大臣の麻生太郎さんはたまたま講演で小樽に行くと決まった時、歴史を遡ると自身の先祖である大久保利通と敵対関係だった旧江戸幕府の榎本武揚が建てた小樽の龍宮神社に自ら参拝を希望して記念に木まで植え、それから1ヶ月もたたないうちに、これまで3度負けていた自民党総裁選に圧勝して総理大臣に指名されました。

人間が現在使っている遺伝子は全遺伝情報のうち90から95パーセントは使われないまま潜在的に眠っており、筑波大学名誉教授の村上和雄さんによると、非常に強い思い、感謝、喜びは眠っている良い遺伝子を目覚めさせるのだそうです。

この宇宙に一個の生命細胞が生まれる確率は一億円の宝くじが100万回連続で当たるくらいの奇跡で、自分のルーツと向き合って自分の存在に感謝し、先祖だけでなく先祖の敵にも祈った麻生さんが奇跡を起こす力を発揮することができたのは不思議なことではありません。

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↑自分に遺伝子を受け継いだ先祖に強く祈ることで眠っている遺伝子の力が目覚めても何らおかしくはない

死を間際にした人の中には、自分より先に逝った家族や親友を目撃するというお迎え現象を経験する人が存在し、文部科学省の助成金を得て実施された研究では、在宅緩和ケアを受けた患者さんの42パーセントが何らかのお迎え現象を自宅などの安心できる場所で体験したことが報告されています。

これは食事や水分を摂ることができなくなったことで脳の活動が弱まり、意識が朦朧として幻覚が見えたことによるものだそうですが、お迎え現象を経験した人の多くが親しい人とつながることで死に対して安心感を覚え、最後の日々を穏やかに過ごしていることを踏まえると、ただの幻覚症状として片付けるのは難しいのではないでしょうか。

人間には社会脳という自分以外の誰かを相手にした時に働く回路がはじめから活性化しており、人間がここまで生きることができたのは、この部分が発達してお互いに支え合うことができたからであり、人間とは本来一人では幸せになりにくいものなのです。

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↑2030年の日本の孤独死予備軍は2700万人、そのうち何人の人が死を前にした時に自分の人生は幸せだったと思えるのだろう

日本人はお墓の下の方に苔が生えていれば生前に故人は足を悪くしていたからその部分に苔が生えたに違いないとか、お墓の頭の部分が欠けていたりすると家族が幸せにならないのは先祖のバチが当たっているからではないかなど、お墓をただの暮石ではなく故人そのものだと考えることがあり、それは故人に対する尊厳や惧れの気持ちの現れだと思います。

しかし、最近では大学医学部の解剖実習で使われる献体に、純粋な医学への貢献の気持ちではなく、献体をすれば大学が葬式も埋葬もやってくれるからお金がかからないとの考えから、自分の遺体を申し出る人が増えています。

また大阪の一心寺には昔から庶民の供養心に応えるお寺として無数の遺骨を粉末状にして固めた骨仏が安置されていますが、骨仏にしたいと遺骨を持ってくる人の中には、火葬後にお寺へ直行して遺骨を持ち込んだり遺骨を郵送で送りつけてくるケースも多いそうです。

そこには故人に対する供養の心など一切なく、まるで大学やお寺が遺骨の捨て場になっているかのようで、人の死とはそれほど邪魔なものだと思われつつあるのでしょう。

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↑お墓が近くにあると不動産の価値が下がるような社会では、命の尊さなんて理解できるはずがない

東日本大震災のとき、被災地では2000体以上のご遺体が火葬されず土葬を余儀なくされ、行政の依頼を受けた地元の葬祭業者である清月記が一度埋めた棺を掘り起こし火葬場へと送っていたそうで、行政の対応が始まる前に、棺を掘り起こす瞬間に立ちあったご遺族の姿について、清月記は「清月記 活動の記録」の中で次のように記述しています。

「背丈以上の墓穴に入ったその叔父の一人は、あたりに立ちこめる腐臭も意に介さない様子で、挫減しかかっている棺の蓋に覆いかぶさった水まじりの重い泥を必死の形相で掻き出しながら、『今、出してやっからな』と幾度も繰り返した」

「掘り起こす執念に触れた。しかし、この作業を遺族にさせるのはあまりにも酷だとも思った。」

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↑たまたまあの地にいただけで東日本大震災に巻き込まれた方々の死を自分のこととして受け止められない社会は間違っている

大切な人の死体を目の前にしてそれが死体だと考える人はおらず、その人だとわかる部分が存在するのならば、たとえ死んでもその死体はその人そのもので、大切な人のご遺体をすぐにでも発見してお墓に納めてあげたいというのが日本人の普通の感覚です。

どんなに葬儀やお墓の形態が簡素化されても、その人が確かにいたという証明であるお墓はこれからも祈りを捧げる対象であり、私たちに生きる意味を教えてくれるお墓がなくならないよう、守り続ける必要があるのではないでしょうか。

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