厚生労働省の発表によれば2015年の日本人の平均寿命は男性80.75歳、女性86.99歳で過去最高を更新し、1990年〜2015年までの推移を見てみると、この25年の間に男性は4.83歳、女性は5.09歳の延びを示しています。
今後、これら男女の平均寿命はますます延びて、2060年には男性84.19歳、女性90.93歳になると予測されており、2012年には大人用の紙おむつの売り上げが子供用を既に上回っているなど、高齢化社会の先端を走る日本は明らかに90年、100年生きることが当たり前になっているのです。
このように日本はいよいよ人生100年時代を迎えようとしつつありますが、そんな時代に安心して60歳〜100歳を過ごすには一人当たり最低5,000万円の資金が必要という声もあり、老後が長すぎるこれからの時代、70歳や80歳になっても現役で働かなければならないことや経済面において不安を感じる人は多く、人生の後半をどのように年を重ね、自立して生きていくかを真剣に考えることが重要になってきました。
↑人生100年時代では「老いる」という概念が大きく変わる
日本は15歳ぐらいから65歳ぐらいまで年齢が上がるほど幸福度は下がり続け、それ以降は大きな回復の兆しはなく横ばいという傾向が諸外国に比べても顕著で、これは年齢を重ねると自分の人生がある程度定まってくるため、若い頃のように野心を実現するのを諦めざるを得ないと感じるからでしょう。
しかし、最近の脳科学では人間の脳は使い方次第で100歳を超えても変化し、死ぬまで成長し続けることが可能だとわかってきています。
↑脳も筋肉と同じ、効果的に鍛えれば何歳になっても成長することができる
実際に、ロンドンの中心部にあるチャリング・クロスのチャールズ1世の騎馬像を中心として半径約10キロメートルの中にある建物、道路、駅、公園などのすべての位置、そして25,000もある道路を一方通行や行き止まりも含めて一つ残らず記憶することが求められるロンドンのタクシードライバーの脳を調べてみると、記憶に関わる海馬という脳の一部が一般の人に比べて肥大していることが判明し、さらにこの肥大化は運転歴が長いベテランのドライバーほど顕著に見られたのです。
記憶力や思考力が年齢とともに衰えるのであれば、ロンドンのタクシードライバーはベテランになるほど道を間違えるということにもなり、この調査結果からは年齢を重ねても鍛えれば脳に変化を起こすことができるとも考えられます。
脳の司令塔的存在として経験から導かれた実行力や判断力をする超前頭野という部分が50代を過ぎてから成長するということも合わせて考えると、人生の成功は年齢制限や定年という社会の枠組みで考えるのではなく、脳の一生で考えてみてもいいのではないでしょうか。
↑名誉を失って、初めて気づく自分の衰え「思考のマンネリ化を感じたら、とにかく生活を忙しくしろ。」
医学博士で株式会社「脳の学校」の代表である加藤俊徳先生は、人間の脳には思考系、感情系、コミュニケーション系、理解系、運動系、聴覚系、視覚系、記憶系というふうに役割ごとに担当する8つの部位が存在していると言います。
そして、それらは互いの連携によって成り立っており、50歳を過ぎても活躍や成功を勝ち取るためには、これらの8つの脳の部位のどれか得意とする一部分だけに偏るのではなく、苦手な部分も含めて全体をまんべんなく使っていくことが大事なのだそうです。
↑50歳を過ぎても、活発に動き続けるためには、脳の全ての機能をまんべんなく使い続ける必要がある
将棋界の大山康晴十五世名人は49歳で18期保持し続けた名人位、そして王将位を失って無冠になりましたが、彼の黄金時代は現役棋士としてだけでなく将棋連盟の会長になった53歳からの13年間であり、この間にとうとうタイトルを奪い返し、54歳で優勝回数112回、通算勝星1000勝を達成、60歳の直前には七割七厘という勝率をあげました。
大山十五世名人は無冠となった後「心底から新人になりきって再出発しよう」と、24歳年下の中原十六世名人に名人を奪われたのは体力負けだと考え、普段から早足で歩いて体力の増強を図ったり、それまで距離を置いていた将棋連盟の運営にも積極的に関わるようになったそうです。
↑名誉を失って、初めて気づく自分の衰え
例えば、会長として午前5時に旅館を出て和歌山県まで行って仕事をし、帰りに大阪の関西本部に立ち寄ってから東京に帰省、その後は午後8時過ぎには東京の羽沢ガーデンに着き、翌日に米長永世棋聖の挑戦を受けるなど、このような激務を50歳を超えて平気でこなしながら現役棋士として対局に勝ち続けることにこだわりました。
もともとプロ棋士というのは将棋によって瞬間的に有利不利を判断する脳の直感的思考力が発達しているのですが、それに加えて大山十五世名人の場合、50歳頃から対局以外の将棋連盟の運営にも意欲的にチャレンジし、将棋会館の建設やそのための募金集め、設計準備やファンサービスなどに奔走したことで、それまで使うことのなかった脳の部位が鍛えられたのでしょう。
その結果、人間の脳に必ずあると言われている使われていない潜在能力細胞が50代で開花し、30代や40代とは違った深みのある全盛期を迎えたと考えられます。
↑脳を鍛えて43歳でも全く衰えを感じさせないイチロー「僕が引退するときは死ぬときだ。」
このように大山十五世名人は心の持ち方次第で人生の後半からも脳を強く創り変えていったわけですが、このカギを握るのが、集中力、やるべきかどうかを決断する力、感情のコントロール、そして意欲や創造性など人間の高次の心に関係している、脳の司令塔的存在である前頭葉という部分です。
精神科医の和田秀樹先生によると、人間の脳の中で一番老化が早く始まるのがこの前頭葉なのだそうで、40代の脳をMRIで見た場合、前頭葉の収縮が進んでいくのがわかると言います。
前頭葉が老化すれば人生に対する意欲や新しいことを考える創造力も衰え、これまで収集した情報や知識を総合的に操れるようになる50代の脳の恩恵を受けることができず、40代に脳を鍛えることができるかどうかが老化の加速を防ぐ分かれ道なのです。
↑40代までにどれだけ脳を鍛えられるかが、その後の大きな別れ道
この前頭葉をフルに活性化させ、日々進化し続けているのが「僕が引退するときは死ぬときだ」と発言する43歳のイチロー選手です。
イチロー選手と言えばスタジアムを沸かせる強い肩の力と抜群のコントロール力から成されるレーザービーム送球で、イチロー選手が「見てから投げて、ではもう遅い。(中略)見てないところで見てないと、できないことはある」と述べているように、彼のレーザービームは打者が球を打った瞬間から、もしくは打つ前から状況に応じて次に起こりうることを予測する能力が常に発揮されていないとできないことで、これらはまさしく前頭葉の働きによるものなのです。
↑年を取れば取るほど脳の強さが様々な場所に影響してくる
この脳の複雑な働きは脳内に約数百億個もある神経細胞が相互に電気信号を発し、情報をやりとりしながら複雑なネットワークを形成することでできており、イチロー選手の、次に打者はこのような動きをするだろうというような「閃き」は、たくさんの情報や経験をインプットした脳内における神経細胞の電気活動が発火することに起因していると考えられます。
そして、70歳、80歳であっても目標を持って脳に刺激を与えることで、閃きをもたらす新しい神経細胞を作ることはいくらでも可能なのだそうですが、日本では人生の後半でも脳を若々しく保つための分岐点である40代、その中でも男性の幸福度が最も低く、人生100年時代を迎えるにあたり、非常に勿体ない脳の使い方をしているのが現状です。
↑脳を活性化させるために、もっと、もっと漫画を読みなさい。
もともと日本人の脳は世界的に見ても特殊な構造をしており、それは日本語の使われ方をみても明らかです。
例えば、漫画「うる星やつら」に出てくる錯乱坊(さくらんぼう)というお坊さんは、自分自身を紹介する時に「チェリーと呼んでくだされ」と言って「さくらんぼう」だから「チェリー」と言ってみたり、そのチェリーが「揚豚」と怒鳴っているセリフに、揚げた豚だから「カツ」とふりがなを振るなど、世界の多くの言語では一つの単語に対する読み方は一つだけなのに対して、日本語だけが平仮名、カタ仮名、漢字、ふり仮名を複雑に組み合わせた言葉の使い方をしています。
↑カタカナ、漢字、ひらがな、ふりがなを自在に操って読む日本の漫画文化は日本人の特殊な脳だからこそ生み出せた
言語を司る左脳の中では仮名を処理する部位と漢字を処理する部位は違うところにあり、一つの単語に対して一つの読み方しか持ち合わせていない欧米言語の人々は失読症になるとまったく文字が読めなくなりますが、日本人は漢字が読めなくなっても仮名は読めるという症状になるのだそうで、日本人だけが脳の中の離れた部位同士を非常に素早く並行処理しているのです。
また、漫画を読んでいると登場人物に感情移入をすることがありますが、これは脳の前頭葉にあるミラーニューロンという神経細胞の機能によって、他人が何かをするのを見ているとまるで自分がそのことをしているかのように感じるためだと考えることができます。
このような、目の前にあるものとの境界を無くして自分と一体化していくという能力は右脳が得意とする働きでもあるため、日本人は例外的に左右の脳をバランスよく刺激するという環境に恵まれており、脳の老化を防ぐには年齢に関わらず脳全体をまんべんなく使うことが大事ということを考えると、日本人は他の国に比べて、いつまでも若々しくいられる脳を潜在的に持っているのではないでしょうか。
↑漫画は左右の脳をバランスよく刺激する
そんなせっかくの恵まれた脳が備わっているにも関わらず、日本では介護問題やら医療問題など、どうしても長寿化社会の負の側面にばかり目がいきがちで、長生きすることを厄災とみなす論調が目立ちます。
脳はもともと何が起こるかわからないという状況を好むようになっているため、そのような夢や挑戦のない社会では脳が使われる機会は減少し、どんどん衰えていってしまうでしょう。
↑常に話題に上がるのは、介護問題や医療問題ばかり
人間の身体の中で一番長生きなのが脳であり、さらに中高年である50歳ころに到るまでの期間というのは脳の確立期なのだそうです。
すなわち、本格的に脳に個性と成長が芽生えるのは50歳を過ぎた頃からであり、50歳になってようやく自分だけの作風を掴むことができたと述懐する作家の遠藤周作さんは次のように述べています。
ある時期から私は自分のなかの色々なチャンネルを一つだけと限定せず、できるだけ多く廻してやろうと考えはじめた。音ひとつを鳴らして生きるのも立派な生きかただが、二つの音、三つの音を鳴らしたって生き方としては楽しいじゃないかと思うに至ったのである。
↑40歳、50歳から人生の後半を意識して、自分のチャンネルを一つに限定しない
遠藤周作さんのように様々な情報や経験を有意義に使える脳の機能が50歳以降にようやく成長し始めるというのであれば、脳を有意義に使えるステージにいるのは60代、70代の人生後半組の方々ではないでしょうか。
寿命が延びている今の日本において、人生の成功に年齢制限なんてものは設ける必要はまったくなく、70代、80代の方々から様々な分野でスターが生まれる社会へと変化していくのが高齢化社会を牽引する日本のあるべき姿なのです。