Good Life Journal

日常生活における「疑問?」を「確信!」へ

テロで大パニックになるアメリカ人と、大地震が起きても冷静な日本人「その差は『桜』に対する美意識」

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東京から最も近い古都である鎌倉は鎌倉幕府が置かれた場所として知られているものの、これまで貴族の特権だった花見が鎌倉時代以降、一般庶民の間で広く浸透したという事実はあまり知られていません。

桜と言えば卒業式や入学式など、日本人の人生の節目とも言えるイベントと重なることから晴れやかなイメージがありますが、そもそも日本人が花見をするようになったのは平安時代に貴族の間で散りゆく桜を短歌にして詠んでいたことがキッカケのようです。

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桜は1年という長い時間をかけて花を咲かせる準備をする一方、開花してからたったの2週間程度であっという間に散ってしまう儚い植物であり、日本人はその儚さに美意識を見出してきました。ただ、日本人がここまで桜に対して強い魅力を感じる背景にあるのは私たち日本人が持ち合わせている「無常」という人生観にあるのでしょう。

小説家の村上春樹さんはこの無常観に関して、スペインで行ったスピーチの中で次のように語っていました。

「我々は春になると桜を、夏にはホタルを、そして秋には紅葉を熱心に鑑賞します。(中略)そして、それらがただ美しいばかりではなく、目の前ではかなく散り、小さな光を失い、鮮やかな色を奪われていくのを確認して、そのことでむしろホッとするのです。」

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常に自然災害に襲われる危険にさらされている日本列島で生活してきた日本人は、過去に何度も自然災害によって大切な家族、財産、そして土地などを失ってきた歴史を持っているため、ほとんどの日本人は永遠の安定、不変、あるいは不滅といった概念を信じない傾向にあります。

その代わり、仮に大雨や台風が全てを洗い流してしまったとしても、その後には必ず太陽が人間に恵みをもたらしてくれることを知っている日本人は、大切な何かを失った後には新しい何かを手にすることができるというトレードオフの概念を感覚的に理解するようになり、それが散っていく桜を楽しむという文化に繋がっているのでしょう。

実際、現代のように正確な気温を計るすべが無かった時代には、だんだん暖かくなる時期に花を咲かせる桜を目安に田植えを行っていたのだそうで、桜が散る悲しみと引き換えに、米の豊作祈願をしていたという訳なのです。

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アメリカで同時多発テロが発生した際にアメリカ中が大パニックに襲われたのとは対照的に、東日本大震災で多くの命が失われた2011年の日本では、多くの日本人が冷静で前向きな姿勢を保っていたことに対して世界中から驚き、あるいは疑問の声があがりましたが、日本人のこうした強さは無常観によって支えられていると言えるでしょう。

よく考えてみれば、生きる作業とは常に失うことの連続なのにも関わらず、現代社会に生きていると、いかに勝ち取り拡大するかという事ばかりが注目されてしまい、もしかするとそれが現代社会の生きにくさの正体なのかもしれません。

桜を見るという行為は言い換えれば、失われていく春を目撃する行為と言えますが、普段ノルマに追われて暗い表情のサラリーマンが仲間と花見をしながら大笑いしている姿を見ていると、美しい桜が失われていく姿を見てホッとしているということなのでしょう。

だって、それが日本人の本来のあり方なのですから。

日本人はなぜ震災にへこたれないのか (PHP新書)

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