東京オリンピック会場となる新国立競技場や山手線新駅のデザインなど、数多くの著名なプロジェクトに携わっている世界的建築家、隈研吾氏の個展が東京駅北口にある東京ステーションギャラリーにて5月6日まで開かれています。
隈氏の今回の個展は21世紀に建築業界が進むべき道に関するもので、鉄筋コンクリート建築が主流となった現代において、竹、木、そして紙など様々な素材が取り込まれた建築が人間に与える変化について焦点が当てられているようです。
東京は今でこそ超高層ビルが林立するようになったものの、1923年に起きた関東大震災以前は低層の木造建築が立ち並ぶ街だったことは広く知られています。
ところが、関東大震災による火災によって10万人もの死者がでたことをキッカケに、「いかに燃えない街」を作るかが日本建築の最大のテーマとなり、「木の都市」であった東京は急速にコンクリート都市へと姿を変えていきました。
東京の街がコンクリートで覆われるにつれて、建築物の防火性能は飛躍的に向上した一方で、隈氏はコンクリート建築が現代人の考え方を大きく変えてしまったと述べています。
例えば、従来の木造建築が主流だった時代には、建築の材料は自然界から探してくる必要があったため、長さが3メートル以上でなおかつ太さが10センチを超える大型の木材はなかなか手に入れることができず、そうした自然界の絶対的な制約のもとで工夫を重ねながら豊かさを追求してきたのです。
ところがコンクリートの場合、型を作ってそこにコンクリートを流し込んでしまえば、どんな形でも作ることができてしまうため、現代人は定められた条件の中で「ああでもない、こうでもない」と考える習慣を失ってしまったのかもしれません。
隈氏も述べているように、自分ではどうすることもできない状況下で、どうにかして良い方法を見出し豊かさを求めるという姿勢は建築だけに留まらず、私たちの人生にも当てはまることでしょうから、そうした「考える建築」が失われることによって、私たちも少しずつ考える力を失ってしまっているのではないでしょうか。
建築業界はこれまでこうした制約を技術革新などで徹底的に取り除いてきた歴史があり、その結果、世界中には奇抜なデザインの建造物が次々と建てられるようなりました。
しかし隈氏によれば、現在では奇抜なデザインはバーチャルの世界でいくらでも設計できることからほとんど価値はなく、むしろこれからは既存の建築基準法の範囲の中で、木、土、そして紙などの制約が多い素材をいかに建築物に取り入れるかが価値になると述べています。
よく考えてみれば、私たち人類が地球上で暮らすということは本来、制約だらけだったはずです。
そして、その制約の中で最大限の工夫を重ねてきたことによって豊かな暮らしを獲得してきたわけですから、これまでに蓄積してきた技術と、制約のある素材とを上手に融合させた先に本当に価値のある建築物が生まれるということなのでしょう。