2010年に、2兆3000億円という事業会社としては戦後最大の負債をかかえて、事実上倒産したJALは、京セラの創業者である稲盛和夫氏によって息を吹き返し、着任の翌年には、それまで赤字続きだったJALに1,884億円の営業利益をもたらして、約2年8ヶ月という倒産から過去最速の速さで再上場を果たしました。
稲盛氏は、日本を代表する経営者として、何か特別な凄い指導をしたのかと言えば、実際はそうではなく、本当に最初の数ヶ月は「利他の心を大切に」、「ウソを言うな」、「人をだますな」などと言った、まるで小学校の道徳の授業に出てくるような話ばかりで、多くの役員幹部は不満だらけだったと言います。
稲盛氏は当時を振り返って次のように述べています。
「JALの人たちは、何を子どもに教えるようなことを、と思ったでしょう。そう顔に書いてあった。話していても、ああ響いていないなあ、と分かりました。でもここを通ってもらわないと、部門別採算(アメーバ経営)に進んでも会社は変わらない。粘り強く説き続けました。」
少し小汚い家でも、その家に人が住んでいれば、家も生き生きとしていますが、仮に家が新築でも、数ヶ月人が住まなくなっただけで、まるで幽霊屋敷のようになってしまうように、人が存在する場所には、人が醸し出す思いが見え隠れします。
特に毎日何百人もの人達が働いている会社のオフィスには従業員の想いが良い意味でも、悪い意味でも滲み出ていることでしょう。
つまり、利益を生み出す経営の仕組みと哲学と心の問題は全く別ものであり、よく「トヨタの片付け方法」や「トヨタの企画書の作り方」などが注目を集めますが、トヨタの心の意識が他社よりも圧倒的に優れていることは、次のようなエピソードからも読み取ることができます。
「シカゴで大雨が降った日のこと、ある男性が運転するトヨタ車のワイパーが壊れ、運転を続けられなくなってしまった。仕方なく車を路肩に停め、雨の上がるのを待つことにした。そのとき、後ろから老人が歩いてきて、いきなりワイパーを修理しはじめるではないか。」
「突然のことにわけがわからない男性は、老人が何者なのか、なぜワイパーを修理してくれるのか尋ねた。老人はトヨタを退社した元作業員で、自分が勤めていた会社のクルマにトラブルが起きているのを見て、修理する義務があると感じたのだという。ワイパーはすぐに直り、男性はお金を払おうとしたが、老人は首を振って、決して受け取ろうとはしなかった。」
1962年、 当時のJ・F・ケネディ大統領がNASAスペースセンターを訪れた際、大統領の訪問に備えて施設内の掃き掃除に精を出すある清掃係の姿を目にしたため、大統領は男に向かって声をかけました。
「こんにちは、ジャック・ケネディといいます。ここで何をなさってるんですか?」
すると男は、ためらいなくこう答えたと言います。
「人類を月に送り込むお手伝いですよ、大統領閣下。」
企業がどんな業績で、どんな状態であれ、まずは、小学校の道徳の話に出てくるようなことをしっかり教えてことが、一番のスピード経営なのかもしれません。